.......................................................  シンバイオシス  −共生−  



 今日は朝からずっとぐずついた天気だった。天気予報では夕方から雨だと言っていたような気がする。

そろそろ雨が降り出すかもしれない――そんなふうに思いながら俺は、大学から帰る途中にある大きな御屋敷の そばを歩いていた。
 その御屋敷を囲んでいる塀の上には、いつも猫が一匹座っている。多分、そこがその猫・ミーのお気に入りの 場所なんだろう。
今日もいつのも場所にミーが居た。離れた所からでもすぐにわかる。茶色と白と黒の三毛の模様が実家で飼って いる三毛猫の「ミー」とよく似ているのだ。
 あ、ちなみにその猫が「ミー」という名前なのかどうかはわからない。
実家の猫に似ているから俺が勝手にそう呼んでいるだけなのだ――。


「わぁ、お母さん、可愛い猫!」

 急に後ろから声が聞こえてきたかと思うと、小さな女の子がパタパタ走りながら俺を追い越して行った。
しばらくすると、女の子の母親らしき女性が俺の横を通り過ぎ、塀の上に居るミーを見上げている女の子の隣に 並んだ。
「ホントに可愛い三毛猫ちゃんね」
 母親がニコニコしながら女の子の隣でミーを眺めていた。


 ミーは人間に慣れているからなのか、自分が子供の手が届かない高さにいるから安心しきっているからなのか、 親子が近くに寄って来ても何も気にする様子もなく、自分の身体を綺麗にすることに専念していた。

「ねぇ、お母さん・・・この子うちで飼いたいなぁ」

 毛づくろいしているミーの様子を目を輝かせながら見つめていた女の子が、母親の手を掴みユラユラと揺らし ながら甘えるように言った。すると、隣にいた母親は困ったような顔をして 「杏ちゃん、うちはマンションだから猫は飼えないのよ」と答えた。

「うーん・・・やっぱり・・・そうだよね・・・。それに猫ちゃんにもおうちがあるかも知れないし・・・。私が連れて行っ ちゃったら可哀想だよね・・・仕方ないよね」
 女の子は自分に言い聞かせるようにそう言いながら、再び母親と一緒に歩き出した。女の子は何度か振り返り、 ミーに向かって名残惜しそうに手を振った。

   親子連れが行ってしまうのを待ちながらゆっくりと歩いていた俺は、その後そそくさと塀のそばに行き、手を 伸ばしてミーの黒い斑のある前足を触りながら「ただいま、ミー」と声をかけた。
するとミーはいつものように俺を見て目を細め「ニャー」と小さく返事をした。
「雨になりそうだから、家に帰ったほうが良いんじゃないか?」

 黒い雲が広がり、かなり薄暗くなってきた。もうじき雨が降り出すのではないだろうか? 俺は空を見上げなが らミーに話し掛けた。
「ナァー」
 「わかったよ」とでも言うようにミーが答えた。だけど、ミーは相変わらずのんびりと毛づくろいを続けていた。
「それじゃな」

 俺は雨に降られたくないと思い、ミーに別れを告げて自分のアパートに向かって歩き出した。

 すると、その時――

 暗くなりかけていた空が一瞬、パッと明るく輝いた。突然のことに驚いた俺は、その場に座り込み両耳を手で覆 った。恥ずかしいけど俺は子供の頃から雷が苦手なんだ・・・。
遠くから少しずつ近づいてくるような雷なら、心の準備が出来るからどうにかやり過ごせるのだけれど、今のよう に何の前触れも無くピカッと来られると、必要以上にビビッてしまう。

 だけど――雷だと思って身構えていたわりに、後に続くはずの「ゴロゴロゴロ・・・」っていう雷鳴はいくら待っ ても聞こえてこなかった。
その代わり、何かが側を通り過ぎたのか、俺の周りでフワッと風が舞ったような感じがした。

 しばらく道に座り込んでいたけれど、雷鳴が聞こえるわけでもなく、稲妻が続くわけでもなく・・・俺は急に恥ず かしくなってしまい、慌てて立ち上がると何事も無かったような顔をして歩き始めた。

 ――誰も居なくて良かった・・・――

 恥ずかしい姿を見られていなかったことにホッとした途端、俺はミーのことを思い出した。


 ――ミーも光を見て驚いたかな?―― 


 俺はミーの居たあたりをチラリと見たけれど、ミーの姿は既にそこには無かった。




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